ちっくーの日常記

医学部生が日常を思うがままに描くだけのブログ 毎週日曜日更新

ブログ復帰・合格体験記 ~一年を闘って~

皆さん、お久しぶりです!

あれ、復帰した…ということは? そうです、無事国立大学の医学部医学科に合格しました!(皆さん拍手!←キモい)

まあ、どこの大学かは秘密にしておきます。自分のプライバシーのなさが出てしまって、どこかでバレる可能性がありますが… まあ、大学名は公表しても問題ないかもしれませんが、あえて伏せておきます。

さて、今日はこの一年を振り返ってみたいと思います。特にブログ更新がなかった好機を中心に振り返れたらなと思います。非常に長くなりましたが、気長に読んでいただけたらなと思います。

医学科には程遠い成績だった前期

ブログを頻繁に更新していた前期、実は成績がそれほど順風満帆といえるものではありませんでした。高予備のクラスは、4月にあるクラス分けテストにより決定されます。当然その時に調子が良ければ、実際の成績が足りていなくても上のクラスに配属されることができます。私がその典型的な例でした。比較的上位クラスでスタートしたのですが、マークテスト・記述模試の成績からすれば、なぜこのクラスにいるのかわかりませんでした。何せ2つ下のクラス平均と同じくらいの成績でしたから(笑)毎年100人を医学科に排出し、75人近くを旧帝大学に排出する高予備…そのように考えると、医学科合格には少なくとも150位以内には入っておきたいところですが私の成績は200位と、まず医学科には届いていませんでした。ブログでは比較的前向きにとらえていたものの、実際には苦しんでいました。まだ大丈夫だと思う一方、本当に行けるのかどうか… そんな葛藤が生まれていました。

意識が変わった岡大オープンキャンパス

8月の頭、以前にもブログに書きましたが、クラスの友達と一緒に岡大のオープンキャンパスに参加しました。一緒に行ったその子も医学科を目指しており、オープンキャンパスで話を聞いたことや、行き帰りでその子と一緒に話すことで本当に医学科に行きたいと改めて認識することができました。そこから意識が変わったと思います。自習時間が増えたのも、このころからです。また、授業中の集中力も増しました。このままではよくないと強く認識した結果です。

成長を感じ始めた後期前半

後期に入って成績は変わり始めました。苦手だった英語も大崩れすることは減り、模試などで安定した成績を取ることができました。さらに、それほど得意ではなかった理科が急成長し、高予備でもかなり上位に食い込める武器科目になりました。前期では考えられなかった100位以内に割り込むことも増え、成長してきたと実感していました。時に調子を崩す時もありましたが、200位を下回ることはなくなりました。8月の意識改革が、早くも結果に表れてうれしかったですね。

苦手科目で苦しんだ後期後半

しかし、すべてが順風満帆ではありませんでした。後期に入ってからも、地理と国語の成績は依然低く、英語も安定し始めたものの、医学科レベルには少し物足りない成績でした。センターが迫り始め不安も募る中、10月後半から地理と国語、11月下旬から英語、12月に数理のセンター対策が始まりました。それでも、12月頭で過去問を解いても730点しかなく、英国社でかなり苦しんでいました。それでもやるしかないと考え、必死で勉強していました。

センター直前、パック模試で高得点を取るものの…

センター直前の1月、高予備で最後のマーク模試(自己採点型のパック模試)がありました。そこでの成績は792点。12月末あたりから、英語と地理で高得点をマークすることが増え、国語もそれなりの点を取っていたため、過去問で770点を超えることも増え、ある程度自信をもってセンター試験に臨むことができました。しかし、本番のセンター試験において、国語で大失敗をしてしまい、750点と非常にきわどい点にまで追い込まれてしまいました。後々復習して思いますが、もう少し古文と漢文の対策ができていれば、もうちょっと違った結果になったのかなと思います。

センター失敗、心無いメッセージ、体調不良… 二次直前

センターが失敗に終わり、ヤケが回ってTwitterで質問箱を設置するという愚行をしました。今からすれば本当に何やってんだと思いましたが…当時の心理状況はとにかく冷静じゃなかったなと思います。その質問箱に、あるコメントが届きました。「あなたは何浪しても第一志望に合格できない、親のありがたみが勉強に全く表れていない」高校時代の同級生に相談したところ、気にしすぎるなよと言ってはくれたものの、センター試験が終わり切り替え状態にあったため、気にせずにはいられずませんでした。時々このコメントのことを思い出し、夜中泣いていたのも事実です。迫る二次と、このコメントから多大なストレスがかかったのか、生まれつき患っているアトピー性皮膚炎が悪化し、耳垂れ・頭痛も毎日のように起きるようになりました。

ただ、このコメント主に見返してやりたいと思いましたし、またもう一浪となると親に迷惑かけると思いました。最後は根性で勉強していました。とにかく勉強以外のことは考えたくなかったですね。

不合格を認識した前期直後、そんななかで…

前期試験、自信と不安を持って臨みました。最初の科目は数学、しかしいきなり焦り始めます。なぜなら大問1と2の(1)が解けないからです。この時、右手がかなり震えていました。しかし大問3が比較的易しく、ここからペースを上げて最終的には大問1・2の(1)も回答することができました。しかし、数学の試験終了後の昼休みに、大問3で問題文章を見落としていたことに気づいてしまいました。ミスが許されない医学科の入試においてあまりにも痛恨なミスです。

 そのあとの試験は開き直りました。緊張もなく、ただ集中して問題を解くことができました。オリンピックで宇野選手が、フリーの1回目のジャンプに失敗して開き直ったのと同じ要領ですね。まあその重みが違いますが… むしろ開き直れたので、合格できたのではないかと思っています。

ただ、前期が終わった後はダメだったと思って、もう翌年に向けて頑張ろうと数学や英語の参考書のレベルを一つ上げて、日々勉強していました。前期終わって、自習に出る友達が減り、合格発表日の午前には1人しかいないという状況でしたが、さすがに休むのは違うと思い、最後まで出続けました。翌年こそは…、と思って勉強してましたね。

合格発表、その瞬間

合格発表は16時、しかし集中アクセスでその時間が来てもなかなか画面が開きませんでした。まあどうせ不合格だろうと考え、晩御飯を食べに行こうとしたところ画面が開き… なんと自分の番号があるじゃありませんか!この時、喜びより驚きのほうが勝っていましたね。その日は一日中、ふわふわした感じでいました。自分より友達のほうが喜んでいる、そんな印象でした(笑)大学から合格通知が届き、やっと「合格したんだ。良かった…」と思いました。

 

 

さて、いかがでしょうか。決して平坦な道ではありませんでした。それでも合格できたのは、最後までやり抜いたことが一番だと思います。不安はありましたが、医学科という目標を貫き、決して曲げなかったこと。これが、最大の要因だと思います。また、夏に意識改革をしたことも大きな要因の一つです。その友達には、あらためて感謝しないといけませんね(笑)

ただ、一人で合格はできませんでした。多くの人の助けがあって、今の自分があります。このブログも、高予備に移動した4月からのアクセス数はすでに15000を超えました。皆様がどんな感情をもって、このブログをご覧になっているのかはわかりません。ですが、この数字が励みにもなりました。ありがとうございました。今後も、毎週日曜日に更新していきたいと思います。ぜひご覧ください!